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本日仕事納めです

 

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米国で暮らす友人とSkypeでチャットをしました。

久々の”再会”に大興奮してしまい...気がついたら2時間が過ぎていました。

彼女は移民や難民に対する英語の授業を専門とする教師として公立の学校で働いています。

全校生徒約400人のうち、他の国々(主に、メキシコ南米諸国、アフリカ諸国)から彼女の暮らす地区にやってきた子供たちは約100人いるそうです。

それだけいると、アメリカに住んでいても「英語」を教えることは簡単なことではなく、同じ国や近隣の国々から来た生徒たちと彼らの母国語でおしゃべりが始まって止まらなくなってしまうそうです。

自宅に帰れば、家族は彼らの母国語で話をするので、結局英語を話す時間がない=英語を話す必要が無い!というスパイラルに陥ってしまい、子供たちの英語を学ぶ動機そのものがしっかりと定まらないことも原因の一つのようです。

それでも、今までは比較的のんびりと授業を行うことが許されていたので、ある程度時間をかけて一人一人と向き合うこともできたそうですが、最近は教育事情が変わり、そういったNon-Nativeの学生たちも毎年の進級テストが課せられ、合格した生徒の数によって、学校に割り当てられる予算が変わってしまうそうです。子供たちはのんきなものだけれど、教師たちはものすごい重圧を感じていると話していました。

それも仕方がない、ある意味必要なものであると理解をしていても、それぞれが置かれている言語環境や心理状態はそれぞれに複雑なものが絡み合っているため、丁寧に対応しようと考えている教師ほど切なくなってしまいます。

日本で英語を学んでいる私たちからすれば、「どうして?!」「もったいない!」「せっかくアメリカに住んでいるのに!」と思わず叫んでしまいそうになりますが、それは同時に、「なぜ?」「日本人として生まれたのに!」「もったいない!」・・・・旅をしている間に幾度ともなく日本人であるわたしに投げかけられた言葉の断片がブーメランのようにまた戻ってきて、問いかけてきます。